哲学っぽい話

こんにちは、伊勢のゲストハウス「ユメビトハウス」オーナーの水落です。

昨晩、お客さんと一緒にざる蕎麦パーティー(ざる蕎麦、かき揚げの天ぷら、サラダ、冷奴)をしていたんですが、その時、最近の若い子は婚期が遅れてるとか、雇用形態が多様化して正社員じゃない働き方をしている人が増えてるみたいな話をしていたんですが、ふと、昔大学生だった時に考えてたことを思い出しました。

元々、家が経済的に厳しく、本当は高校卒業したら働かなきゃだった僕は、その当時、現代人は心の病にかかる人が多くなってきているという社会課題に興味を持ち、それを解決したいと思って大学では哲学や心理学、社会学などを学んでいました。(もちろん学費や生活費は自分でバイトして払っていました。当時は真面目に研究者になりたいと思っていました。)

その当時、「なんで人間は豊かになって来ているのに、不幸になってる様に見えるんだろう?発展途上国の人の方が活き活きと生きてる気がする」っていうことが気になって、自分なりに考察をしていたことがありました。

その時に思い至ったのが、『人間が「幸せになる条件」と「不幸にならない条件」は異なる』といったことでした。

「不幸にならない条件」は分かりやすく、衣食住事足りていることなど、生理的欲求によるもので、別の人どうしでも異ならない、だから親や先輩の助言が的確で何をしたら良いかが分かりやすいものです。

でも「幸せになる条件」は違います。人によっては学者になること、プロ野球選手になること、家業を継ぐこと、サラリーマン…などなどマチマチだと思います。

同じプロ野球選手になりたい人でもどんな選手になるかで異なってきますし、これは自分で答えを見つけていくしかありません。

日本を始め、先進国では現状、生きていくことに困る、「不幸にならない条件」が満たされないことなどはほぼ無いと言っても良い状況です。

そうなると僕たちが悩むことは主に「どうやったら幸せになれるか?」です。

この様な衣食住に恵まれ、安定している時代がこれまで無かったことから、僕たちは先人たちから教えを請うこともできず、どの様に解決したら良いかも分からないという状況で病んでるんじゃないか?ということです。

だからニートや引きこもりが増えているのも、「生きるのには困らない。でもどうやったら幸せな人生、良い人生が送れるかも分からないし、それに向けて挑んでいって自分が傷つくくらいなら社会との関わりを断とう」ということなのではないか?というのが当時の僕の結論でした。※厳密に言うとニートはともかく、引きこもりは病理学的な理由、実際に何かしら病気や障がいをもってるケースもあり。

今思えば、ユメビトハウスを始めたきっかけも、自分自身の手で自分の幸せを追求する人の為の拠点を作るということで、ユメビトハウス二号館の下でやっている商店街のチャレンジスペース(飲食店を起業したい人がお店を出せます)も、今、募集しているユメビトハウスに無料で住める住人ヘルパー制度もそういったことを目的としてやっているんだなぁと改めて思い出しました。

哲学的なテーマというのはけっこう好きなので、もし哲学的な話がお好きで伊勢に来てユメビトハウスにご滞在される時は気軽に話しかけてください。

交流パーティーでお話しましょう!

2018.07.31ブログ